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上海 小南国 店舗面積197坪 銀座店 Vol.7
小南国大酒店とは
 1987年、上海市黄浦区長沙路で開店した小さな食堂、出張料理を主体とする店が、小南国大酒店の萌芽である。この食堂は、四半世紀で、飲食店を核とする一大コンツェルンに成長した。年商は日本円で160億円ほどだろう。東京銀座店は197坪だが、500〜1000坪クラスの大型店が、上海、北京、香港、南京、寧波などに40軒ほど、「慧公館」と称する上位ブランドの中国料理店が上海に4軒、日式焼肉店、拉麺店なども10店ほどになり、中国菓子、ケーキなどを主力商品とするスィーツ小型店が約100店舗である。今秋、大型の温浴健康施設が4軒になり、来春には浦東で300室ほどの高級ホテルを開業する。経済成長の潮流に上手く乗ったと評するのは容易だが、なぜここまでの繁盛、発展をしたのだろうか。料理や料理屋の文化を支えるものとは何なのだろうか。日本の高度成長時代も同じ様相だったのだろうか?
高級店と同一なクオリティーを、 とことんリーズナブルに
 料理という文化を支えるもの、それは共産主義国家では、その政治力、経済力そのものの反映ということに誰も異論はないだろう。一方、資本主義諸国のそれは、いきいきとした風俗の活力、そのものだ。実は、この小南国集団を率いる長は、「王慧敏」という女性(50歳代半ば)である。彼女に言わせると、「日本の滬菜は、私のおじいさん、おばあさんの時代の料理」となる。辛亥革命、日中戦争、共産主義革命、文化大革命と、約60年にもおよぶ社会動乱により、上海料理の発達は滞った。特に、共産主義革命の成就と文化大革命期では、最上の味覚を求める高級料理屋はブルジョワジーのシンボルとされたのは周知の事実である。料理屋で、紅衛兵の打ち壊し、その最初の標的にされたのは、かの「全聚徳」なのは有名な話だ。文革以前に日本に伝わった日本の上海料理を「相父母の料理」と称するのも大いにうなずけよう。今の上海料理は、強靭な経済と濃厚な社会風俗がその味覚のレベルを支えているが、表向きの馳走ばかりが並んだ現代のそれに、「いにしえ上海、その心の味」は既にない。そう強く感じるのは私だけだろうか?小南国のチャーム・ポイントは、「高級店のクオリティーを保ちながらも庶民感覚の値付け」なのである。この経営手法は世界中で普遍なのだろうが…
上海焼きそばの原点は
 「葱油拌麺」である。「地の味わいを残しながらもさわやかな味覚が求められるのが、首都というものの洗練」などと強弁しながらも、この拌麺は口腔にいつまでも残りどこか暑苦しくさえ感じる。この下手な味はおうおうにして人間の生理に直接訴えかけ習慣化させるが、慣れれば魔物のように旨い。ご存知だろうか?「日清ソース焼きそば」「焼きそばバゴーン」などの原点はこの葱油拌麺なのだ。慧公館の葱油拌麺は、まさしく首都の洗練化の賜物となったが、小南国のそれは、まだまだ、いにしえの地の味わいを残す。勢いのある風俗がつくる葱油拌麺だ。
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Vol.1 焼鳥 鳥よし 赤坂店
Vol.2 中国料理 頤和園 霞が関店
Vol.3 富山の漁 紋屋 泉岳寺店
Vol.4 中国割烹 泰南飯店 神保町店
Vol.5 中国料理 神楽坂 芝蘭
Vol.6 中国料理 煌蘭 丸の内店
Vol.7 上海 小南国
Vol.8 湘南おでん 海まる 丸ビル店
Vol.9 中国薬膳料理 星福 銀座本店
Vol.10 鮨処 銀座福助 大崎店
Vol.11 鶏繁 大丸百貨店東京店
Vol.12 コションドール香味屋
Vol.13 目黒雅叙園 旬遊紀
Vol.14 中国料理 煌蘭 川崎店
Vol.15 香港1997
Vol.16 中国料理 頤和園 京橋店
Vol.17 ソンブルイユ
 
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